僕たちは、本当の恋を、まだ、誰も知らない(回顧録その2)

みんな……
−−−みんな、知ったようなフリをして。
貴理も有夏も、恭生まで。
だれも、本当には知らないくせに。
一度も、抱いたことも抱かれたこともないくせに!


 いきなり衝撃的な台詞からの出だしですが、回想録第2弾は、『僕夏』。一応概要は過去の日記をご参照に、それとこちらで自分の言いたいことは言われているのでこれ自体蛇足な感がありますが、プレイしたエピソードということで・・・


 ギャルゲーというと『トキメモ』のようにただ擬似恋愛をして、あまりストーリー性はないものだと思ってました。それなのでエロゲーのタイトルの名前をちらほら聞きましたが、やるのに至りませんんでした。そんな時、たまたま東映版のKanonを見て予想外にストーリー性があることがわかりやってみようかと思いました。素直にKanonをやれば良いのに、エロゲー雑誌を買って来てそこから選ぶ。今から考えればかなり無謀なことをしました。そこからピックアップしたのが、『TALK to TALK』と『僕と、僕らの夏』。共に殿堂入りしたものですから、「自分に合うかどうか」の嗅覚は天才的ですね。大体デモを見れば解りますし、体験版をすれば外れはないですが。
 結局T3の方を選びエロゲーを始めて半年ぐらいメジャーなものをやったりマイナーなものをやったりしてましたね。たまたま店に行った時中古で僕夏が安い値段で売られて、一抹の不安を感じながら買った次第です。淡い絵柄にダムに沈む村の感傷的な雰囲気に惹かれた訳ですが、良い意味で裏切られました。表シナリオは、よく出来た純愛ゲームでした。有夏シナリオの貴理の心理描写には舌を巻きましたが・・・そして裏シナリオ。衝撃を受けました。
 

 エロゲーは多く一人称で書かれ、感情移入させようとしてます。自分のプレイスタイルは神の視点というか、わざと登場人物と距離を保ちプレイしています。ですので他人が主人公や登場人物を批判しても、ふーんと思いかなり客観的な目で見ています。そのプレイスタイルを逆手に取られたのが、僕夏でした。裏シナリオを進めていくうちに、私には珍しく感情移入しました。早狩氏の巧みな心理描写あってこそですが。例えていれば観客で劇を見ていたら、気付いたら舞台の中心にいて主役になっていた感覚。表シナリオは壮大な複線で、主人公とメインヒロインの貴理の2つの視点が交差するマルチサイトも計算されたものでした。若い登場人物に若いなと失笑したり、その若さに憧憬の眼差しを送ったり、嫉妬したりしました。1つの台詞、1つのテキストにじわじわと心に残りました。めったに登場人物に感情移入しない私がすっかり真の主役冬子さんに感情移入しました。すっかり早狩さんの掌で踊らされました。2つEDがあるのですがどれも印象的で綺麗な終わり方でした。まぁ総じてこの作品は綺麗な終わり方ですが・・・
 すっかり一作でライターの早狩武志さんのファンになりました。どこが好きなんだろうと考えてみました。詳細な心理描写といった技術的な所だけでなく、人間的に好きなんですよね。結局早狩さんは、人間それを取り巻く世界が好きなんだろうなと思いました。人間の汚い所や世界の理不尽さを積極的に描いていますが、一筋の希望を持って対峙する様を優しく見守る眼差しがあると思います。『群青の空を越えて』も人間劇という面だけを見ればそうですし、最新作の『潮風の消える海に』にもそうですのでそう的外れな答えではないかと思います。あまり売れ筋でないエロゲーの企画を通すlightに敬意を表しながら、3年後の早狩さんの最新作でも待ちますか。

 
 この作品の特徴を端的に言えば癖のあるブラックコーヒーのようなものでしょうか。寝取られや鬱、詳細な汚い描写があり苦味があり、癖も強い。だけどそれが良かったり、コーヒー本来の芳醇な香りや味も強い。決して万人受けしないものですが、好きな方はトコトン好きな作品だと思いますね。
 どうでも良い事ですが、プレイ時間の3分の1は穴掘りをしていたような気がするのは気のせいでしょうか?



以下ネタバレ感想に続く(反転)


 



 恭生&貴理


 表シナリオの主役にしてこの物語の中心にて象徴。この村最後の夏に来た恭生。過去に貴理と埋めた想い出に拘る。想い出は大事だが当の本人が間近にいるのに、一方貴理も待つだけで自らはリアクションを取らない。あくまでも周囲が動いてから自ら動く2人。無意識に大人になることを拒否しています。恋愛はまずは自分の好意を相手に伝えなければ何も始まりません。それがどのような形でも今までの関係を壊すものであろうと・・・2人は今までの関係に安住してその関係を崩れることを極度に恐れた。それは誰でも通る道なので、もどかしく思ったり、応援したり、ほほえましく思ったり、あるいは嫉妬したり。
 恋愛は他人に深く干渉することでもあるから相手と衝突したり、自分も傷つくことも多々ある。それは大人になる為の痛みでもあります。それぞれのルートで痛みを感じ成長することになります。それにしても2人の初々しさには羨ましくもあり、嫉妬すら感じますね。


 有夏


 この物語のキーパーソンの1人にして、トリックスター。過去に男子に苛めを受けたことや親が離婚したことにより、男性恐怖症気味。このころの年代の女の子は、性に嫌悪感を感じたり、憧れに似た同性愛気味になることが結構あります。大体は、現実を受け入れ一般的な女性になります。
 有夏は良くも悪くも「純粋さ」にあると思います。純粋さは向こう見ずな面があり、現在頻発している熱狂的なテロ、一向宗一揆、神風特攻隊など。物凄い力を秘めてますが、一歩間違えば独善的な性質があります。有夏も冬子さんに唆されて恭生に体を差し出して貴理から手を引かせようとしたり、貴理を守る為に恭生にモーションを掛けて貴理を騙し彼女に収まったりと、冬子シナリオでは・・・
 そして、4人の中で1番の大人でもあります。片親の為弟の面倒を見たり、恋はまず相手に伝えることが大事と感じいち早く、告えたりしています。完全版では彼女の視点が加わることになりますが、これまでの彼女の印象を変える事になります。それでも彼女の純粋さには、正直たじろぎますが彼女もこの夏精一杯したことには変わりありませんからね。彼女の行動で硬直していた状況が動いたのも事実ですし・・・


 秀輝

  
 この物語のキーパーソンの1人にして影の功労者。普通エロゲーの男キャラは、とりあえずいるか、当て馬にされるのが相場です。しかし恭生より大活躍する異例の存在。表シナリオでは穴掘りに協力したり、進路のことで恭生と会話したり、有夏の暴走を止めたり、自暴自棄になっている恭生に怒ったり・・・あり結構活躍してますねw裏シナリオでは、冬子さんと絡みが多く、一緒に穴掘りをするという大役を仰せ付けられています。彼の登場シーンのBGMの名前が「真打登場」ですが、裏シナリオではまさにそうですね。
 大人と子供の境界線上にいるキャラですね。彼の視点をプレイすればよく解りますが、ダムについても、感傷の為に村に帰ってきた元住民の冬子さんら、村に対する両親の対応。頭では解っていても感情的に納得できない。大人なら諦めるか妥協点を探りますが、直情的な時期の彼にはそれができなくジレンマを感じる。仲間を本気で心配して色々配慮したり怒ったり、不審な行動を取る冬子さんに感情をぶつけて、後に冬子さんを助けることになる。真の主人公その2。
 子供の頃有夏を苛めたことが枷になり、有夏が好きだが決して舞台に登ることがない。周りのサーポートに徹する秀輝。せつないシナリオだがどこか感情移入しまい、それが良い。有夏シナリオで彼女に告白するのが印象的ですね。その裏では、恭生と貴理が別れていると考えるとせつないですね。2人の会話というのは少ないのですが、印象的でよく覚えていたりします。有夏も秀輝もあの夏を経験したらこそ結ばれることが出来た。有夏&秀輝視点は、メインテーマから外れサイドストーリーのようになってますが、グランドEDに繋がり感慨深いです。


 冬子さん

 
 真の主人公。ダムに沈む村、最後の夏休み、埋めたはずの宝物、思い出、故郷の喪失、少年少女の純朴性からの脱却。全てのキーワードがばっしりと収まり、進行していく裏シナリオ。恭生と貴理の姿を見て、憧憬と嫉妬の眼差しを送り矛盾した感情を抱き、応援したり関係を壊そうとして有夏を煽ったり、恭生を誘惑したりと、矛盾した行動をする冬子さん。その辺りは早狩さんによって緻密に描写されています。
 不自然な形で大人になった冬子さん、不自然な為大人になりきれてません。もし大人なら憧憬こそすれ嫉妬の感情は、浮かばないと思います。彼女と一緒に失われた何かを探すことになるのですが、奪われた時間などでなくあの頃抱いていた恭生と貴理のような純粋な想い。勿論あの頃の時間や心を取り戻すことは出来ませんが、一度「リセット」してやり直すことは可能です。原点を取り戻した彼女に幸多いことを願います。


 和典&恵


 恭生と貴理の在りし日の幻想。表シナリオでは、恵のゴミ拾いぐらいが見所ですが、裏シナリオでは意外に活躍。子供ゆえに冬子さんの懐に入って、彼女の心を揺さぶる役目を負ってました。恭生と貴理から冬子さんへそして2人に託された「宝物」。いつまでも仲良く2人でいて欲しいですね。


 大人たち


 小さな世界で起きた小さな出来事。子供たちを諭したり、応援したり、子供との対比として存在したりと、出番こそ少ないですが大人としての存在感を示してくれましたね。


 自己完結して自分の中で温めておく作品なので、文章化しても言いたいことの何割書けたか解りません。感情移入してなおさら・・・プレイして私のように何らか心に残った方なら私の気持ちが解るのかもしれませんね。