雨上がりの空には

 『雨に歌う譚詩曲〜A rainbow after the rain〜』(EMU) 

 
 「雨になったら会いに行きます」幼い時に、1人の女の子とした約束。彼女が亡くなった以後も、雨になると初恋の人の墓参りをする孝一。そんなある日、両親を数年前に失った孝一と同居している精神医の千夏から、社会復帰させるため自分のクランケの女の子3人を家に住まさせること提案される。その申し出を快諾した孝一だったが、その3人はそれぞれ一癖があるもの達だった・・・

 
 「雨」から連想する物は?別れ?悲しみ?全てを洗い流す物?そのような抽象的なテーマから、作られた作品です。あらすじを読むと食らい話のように思われますが、中盤までは登場人物のドタバタ劇でそれほど感じません。お嬢様で敬語で毒舌を吐き、すぐ刃物を振り回す悠。あらゆる意味でトラブルメーカーの美佳。放っておくと自分の世界へ行ってしまうみつき。千夏と同級生で看護婦とのやり取り、何故か孝一の家の前で大道芸をして生計を立てている今日子。もっとも幸一たちに「搾取」されてますが・・・このような個性的な登場人物が繰り広げる展開で、特に何かを知らないと解からないようなパロディーでなく、誰にもわかるようなオードソックスな笑いを振り撒きます。

 
 ストーリーもオーソドックス。主人公がヒロインの問題を解決しようとするものです。他と異なる点は、主人公も「傷」を抱えています。それを棚に上げて解決しようとする自分に、自虐的に苦笑をしたりします。他人の「癒す」ことにより自分を「癒す」結果になる。心理学でよくある現象ですが、このことが丁寧に描かれています。
 みつきシナリオは、メインストーリのサイドストーリーの感じで、主人公の暗部にもスポットが当たっています。そして美佳シナリオは、トリックを多用したストーリーになっています。おまけに当たる千夏シナリオは、色々と感じることはありますが、ヴォリューム不足は否めませんね。その分共通シナリオや他のシナリオで見せ場がありますが・・・一方、ゲーム当初彼女になってるななこシナリオは、ただのおまけですねw彼女にも色々と思いがあり、それを書ききれてなくただのエロ要員になってますね。

 
 メインのストーリーで根幹になる悠シナリオに移ります。ここで1番目に付く事は、悠の芯の強さです。ある事実を聞かされた彼女の反応です。本来なら感情を爆発させて主人公に発散させてもおかしくありません。他の普通のゲームならそうなることでしょう。それなのに事実を告げる事になった主人公の気持ちを考え、また自分の中でその事実を受け入れようと必死に感情を押し殺し対峙しました。それが本当に良い事なのか?素直に感情を曝け出す方が良いのかもしれませんが、そのような安易な対応を取らずに、敢えて困難な道を選んだ彼女の芯の強さと主人公への気遣いは感服します。そう、自分が犯した過ちをと決別するように、必死に自分を変えようと努力していた。主人公がその安易な道を選んだ事と対比するような関係になります。悠を救おうとして、逆に救われる。パラドックスのような感覚を覚えます。主人公も自分の「傷」の事を再認識して、「癒し」合うという理想的な関係になります。
 それだけ主人公の「傷」は、深かった。「傷」は時と共に癒されるものもあります。ですが、それだけでは解決しなく、何かの切欠が必要な事が多々あります。
 あとの物語は、まさに真打登場の今日子の1人舞台。存分に彼女の活躍を堪能してください。

 
 特筆するべき点は、精神病をいうナーバスな話に、真摯に取り組んでる点です。鬱病、二重人格、パニック障害などの病名が出てきますが、作品中では真剣に描かれていると思います。病院内の描写もあって、結構理想的に描かれていると思います。実際は、もっと酷いものだと思いますが・・・3年前に重度の鬱病に罹って幸い自分で自覚して精神科中心の病院に通院しました。幸いというのは、自分で自覚すらできない場合があって、外見に出ずに周りはなまけ病とみなされ、さらに自分を追い詰めて病状を悪化するケースがあるからです。10人に1人は生涯に罹るという話ですから、人事とは言えませんね。その時に病院で通院している患者の外見が、ほとんど一般の方と変わらなかったのが驚きました。そして、少し近くに座った女性。最初、仕事帰りの看護婦さんかなと思ったら、いきなり泣き出して驚いた経験があります。おそらくパニック障害か何かと思いましたが・・・このようにナーバスな病気に敢えて描くのは、難しいと思います。

 
 そして伝えたかったテーマ。世の中は、その人の見方によっていくらでも変わるもの。人間いくらでもやり直しがきく。その意志さえあれば。とても陳腐で言い尽くされた言葉ですが、一体どれだけの人間が自覚的に実行できているか。言葉ではいくらでも言えますが、実際に行動するのは難しいものです。なにせ今まで自分の積み上げた、価値観や経験を捨てることに繋がることになりますから・・・一見陳腐のようでとても深い言葉と考えています。このように苦しみ抜いた結果だからこそ、説得力のある言葉として心に響きます。 
 

 あと文体は、一般のエロゲーと多少異なります。三人称の表現をよく使います。このことや「雨」という抽象的な話をし、各所に抽象的な文章(Kanonのように)が混入することにより、詩的な印象がするテキストになっています。

 
 主題歌は、ライターが実際に作詞して評判が良いみたいですね。声優陣もなかなか豪華。特に悠役の草柳順子さんは、今後このような役は回ってこないと思うので貴重だと思います。それにも増して今日子役の吉川華生さんは、まさにはまり役。これ以上ないぐらい大暴れして下さいます。実際ライターと気が合って昨年ぐらいまで、同人で色々出していたようです。

 
 一癖も二癖もあるがそれを乗り切れば嵌るブルーチーズに例えられるように、これに限らずライターの門司さんの作品はある一部の人間にとっては芳醇なものです。あまり一般向けとは言えませんが、こんな私の文章で興味を頂くと嬉しいですね。